2015年02月28日

今月の一作

蒼がズシリと重く響く美しい作品。

赤ペンP

折がある毎に此方に書かせて頂いている事ですが、この曲は、私にとって始まりの曲です。
やはり繰り返しになりますが、恐らくこの曲に出会うことがなければ、アイマス・ニコマスにお邪魔させて頂く事はなかったと思います。
この曲に出会った時の衝撃は、7年経った今でも忘れる事はできません。
私の見逃しがなく、且つ、記憶が正確ならば、この曲で誕生祭作品タグ付作品は、西岡Pの此方(sm9858878)しかありません。
また、全体的に随分前の曲というのもあるのか、意外と少ない感があります。
もしかしたら、千早の曲というよりも、ミンゴスの曲というイメージがずっしり乗っているから少ないのかな等と思う次第です。

月下祭は、私の位置づけの中では比較的大きい曲に入るので、最初の感想は
「この曲でくるか!?」
でした。勿論、いい意味で。
本作品で特に印象的なのは、親作品との関係です。
4作品上げられていますが、いずれもダムPの作品で月下祭を使用しています。
何故だろうと疑問に思ったので、碌にその点につき考えることなく、赤ペンPのブログ「赤ペンPの添削日記」(http://akapenp.blog107.fc2.com/)にお邪魔させて頂き、答えを拝見しました。
一言で言ってしまえば、赤ペンPのニコマスPの活動の原点という事だと思います。
もしかしたら、ダムP作品がなかったら、赤ペンPはいなかったのかもしれない。
私が月下祭に出会わなかったら、アイマス・ニコマスにお邪魔させて頂いていなかったかもしれない。
立場、影響を受けた作品は違えども、月下祭を使用した作品という点で共通している事に面白さを感じました。

作品についてですが、冒頭の溜めてからのライトの点灯と顔のアップに心の琴線をつかまれました。
曲が起承転結というよりも序破急的な展開である為、千早の細氷を中心に構成された大きなダンスとアップでもって曲の雰囲気に合わせておられると思います。
ダンスを曲に合わせるというよりも、曲の雰囲気にダンスを合わせる事に特化させた印象を受けました。
この思いっきりのよさが、曲の持っている重さと映像の調和を生み出しているのだと思います。
それから間奏でモノクロのカットインを入れて、ただ大きく見せるだけでなく、細部まで魅させ様とする心憎さを感じました。
この作品の千早は、歌手というよりも舞台に立つ役者の様に思えてなりません。
posted by 桐野彰 at 19:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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